お菓子をくれなきゃ悪戯だ!
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


    4



細腰から足元へと流れる、
やわらかなシルエットのベロアスカートも可憐な、
それは愛らしいメイド姿の少女らが三人ほど。
今だけは人通りもない、従業員用の通路の突き当たり、
エレベータゲージを待つホールにて、
猫耳つきのオツムと 可愛らしいおでこを寄せ合うようにして。
身を寄せ合ったまま一心に覗き込んでいたのが、
内の一人の小ぶりな白い手に乗っかっていた、
それは綺羅らかな無色透明な結晶体。
ファッションリングなどにちょんと乗っかっている
1カラット単位の小粒なそれとは桁違いの大物で。
ペンダントトップやブローチ、帯留め、
いやいや いっそ王冠の正面に据えられそうなほどの貫禄があり。
鋭角に細長い三角形を幾つも組み合わせたような、
それは精巧なカットを施されていて。
客室側の廊下じゃあないとはいえ、
それでも煌々と明るいとまでは言えない、
ホテルによくある柔らかな間接照明の中でも、
結構な存在感を保って輝いているところなぞ、

 「レプリカ、かなぁ?」
 「あ・そうか、それもあるか。」

まさかねと、
大それたものじゃあないという方向へ同意を得たいか、
そんな言いようを口にした七郎次へ、
平八がハッとして釣られ掛かったものの、

 「〜〜〜。(否、否)」

台座として手のひらを提供中の久蔵が、小さくかぶりを振る。

 「何で? どうして?」
 「あ・まさか、実は一旦は口に入れたけど歯が欠けたとか?」

今度は平八がなかなかに穿ったことを訊いたが、

 「…冷たい。」

そうと言いつつギュッと握ってから、
再び手を開いて見せる久蔵だったのへ、

 「あ、そっか。そうだ。」

平八が思い出したのが、

 「そういえば、ガラスよりも熱伝導率がいいそうですよ、宝石って。」

ビー玉とかおはじきとか、ずっと握ってると心なしか暖かくなるじゃないですか。
でも、ダイヤモンドやルビーなんかだと、そうはいかないそうで…と。
さすがは工学や素材学に通じておいでなその延長か、
装飾品としてはさして関心もないけれど、
素材としての知識はあったらしいひなげしさんの言へ、

 「あ、アタシも思い出した。」

七郎次がアッと青玻璃の双眸を瞬かせ、
そうそうそうと、立てた人差し指を振って見せ、

 「映画だったかで探偵役の人が説明していたんですが、
  確か、吐息をかけて曇りがすぐ消えれば本物だとか。」

 「そうそう、それも熱伝導率の関係ですよ。」

 あと、油脂になじみやすく、水を弾く性質があるので、
 平らな面へと水をかけて、平たく広がらず真ん丸くなれば本物。
 同じ理由から、油性のマジックを弾かないのも本物。

 虹色が美しく輝き過ぎるのは、
 人造ダイアのジルコニアだって聞いたことがありますが。

 あと、屈折率も違いますからね。
 ガラスなんかだと、カットされていたって向こうが真っ直ぐ透けますが、
 ほら、包装紙のオレンジ色は透けてますが、印刷の線がちいとも見えない。

  ………などなどと、
  それは細かい観察力の数々が繰り出された結果


  「ということは。」


それこそ一斉に
うあ〜とか、あちゃーとか、むむむとか。
唇をひん曲げたり、眉をしかめて残念そうなお顔になったり、
何だかなぁと吐息をついたり。
表情的には三者三様であれ、
困った困ったという方向では同じ感慨を抱えたらしいお嬢様たち。
目も肥えてりゃあ知識も深い彼女らにより
正真正銘 本物の金剛石であるらしいとの認定が、
きっちりがっつりと 降ろされたからであり。


  さて、ここで問題です。(おいおい)


 「…………。」

お料理や飲み物、食器にグラスなどなどが次々運び入れられる通路なので、
そう遠くはない大広間からの喧噪や音楽も聞こえてはくる。
とはいえ、もうすっかりと
そこは自分たちには関係のない別世界と化している彼女らにしてみれば、
却ってこの場の静けさを強調させる遠い遠い物音でしかなくて。
ホテルの中だし、窓がないので判りにくいが、
きっともう外はとっぷりと暗くなっているに違いなく。
それさえもがひしひしと伝わって来そうな、
そんな閉塞感さえ感じられそうな、微妙な閑けさの中、

 「…よくもまあ、ポイッて口に入れませんでしたね。」

仲良しのお友達と一緒に、
結構はしゃいだ空気のまんまでいて。
美味しそうなキャンディを さあ食べようという流れの中、
包みを解いて片手へ乗っけてのそのままポイッという、
言わば“流れ作業”にならなんだ紅ばらさんの、
反射の素晴らしさや用心深さへ、
まずはと ひなげしさんが感心して見せれば。
そうと称賛された金髪綿毛の黒猫少女が、
空いてる手の指先で自分の口元をちょちょいとつつきつつ、
そのまま一言洩らしたのが。

 「……兵庫に。」

  榊せんせえがうるさいのですか?
  口に入れる前に確かめよと?

 「さすがはお医者様ですね。」
 「……。(頷)」

白百合さんまでもが、
悪くなってたら一大事ですものね…などと、
通り一遍な関心をしているものの、
久蔵殿の場合、その手に乗っかってる時点で、
既に いろいろな人が厳選しているとは思うのですよ。
それでもそんな注意を授けていたということは、

 “…包み紙をきちんと剥いてない時とか
  しょっちゅうあったからな。”

  やっぱり〜〜〜。(苦笑)

こちらのホテルの跡取りの困った性癖はともかくとして。
キャンディの中に紛れていたダイヤモンドと…という
世にも稀なるご対面を果たしたお嬢様たち。
となると お次は、

 「でもどうして、こんなところへ?」

何でだろうねぇと、探求心が刺激されたようで。
…って、そういう場合なんだろか。

 「納入された時点で混入してたのかな?」

 「高級菓子店だよ?
  異物を弾くのは基本でしょうよ。」

しかも、
こ〜んな大きいダイヤを
どういう経路で混入させるの。

 「当たりのレアキャンディのつもりとか…。」

 「ないない、それはない。」

百歩譲って、
ピンだの金属片だの指輪だのならともかく、(ともかく…)
こんなでっかいダイアの混入なんて、まずは起きないだろうし。
そこはここの厨房で籠へと分けた時点へも同じことが言えよう。

 「届いたものへのチェックは手掛けるはずですものね。」

大量ならでは、客商売ならでは、
加えて 口へ入れるものだから念入りに。
キャンディに間違いないと、
金属探知機や超音波センサーとか持ち出してでも、
それなりの点検はするはずで。
……つか、
だから、こ〜んな大きいダイヤを何でわざわざ混入させるの。
パーティーの中の余興用か? 特別ボーナスか?

 「そもそも、その時点へ外部の人間が手を出すのは不可能だよ。」
 「そっか関わる人へのチェックがまずは待ち受けてるものね。」

さあ宴が始まったとか、ディナーの時間帯だぞともなれば、
調理場や搬入口などは、
急げ急げ、でも手は抜くなという戦争状態になるから。
だからこそ、そんなバックヤードへ、
そうそう得体の知れない人間は入り込めないような
徹底したシステムや仕組みになっており。
このホテルの従業員であるかは、
IDや責任者や部署ごとのチーフに監視カメラなどなどと、
加えて同僚も、そこはきっちりと眸を配っているので、
異物を放り込む怪しい存在、まずは入り込む時点で難儀をするだろう。

 「可能性で言えば そっちも無理あり、か。」

となると、残るは…今さっき この籠が無防備になってた場所しかない。
大広間へ入るところで次から次と手渡されたので、
そこから今の今までの間となると、と。

  「………。」×3

3人がそれぞれを指さすようにして意見の一致を見たのが、

  ―― パーティー会場で、ということか

確かに、手は伸ばし放題だったし、
それを見咎める人もなかった状態。
提げてた自分たちですら、
どうぞどうぞと気安くし“お取りください”と差し伸べてたくらいだ。
ちょっと器用な人だったら、
まずは1つ取り、その包み紙へこれを入れ替えて
籠へ戻すくらいは楽勝だったろう。

 「でも、会場でだったとして、
  入れたすぐさま直後に、知らない人に摘ままれないかな。
  バイトの子たちだって…。」

 「あの会場でのつまみ食いは難しいでしょう。
  人目があるし、
  何よりそういう蓮っ葉な子を選んでもなかろうし。」

あと、式次第が判っていたなら、
開演宣言の直前に滑り込ませりゃあ、
少なくとも
事情を知らない人が偶然手にするって脅威は
ないことも判ってたろうから。

 「段取りを知ってた、か。」

となると、
どうしてこんなところへこんなものを
紛れ込ませたか…への答えも見えてくる。
くどいようだが、
今宵のハロウィンパーティーがらみの悪戯とか、
お客様へのサプライズアイテムだったなら、
既に可愛いドジでは済まない段階に至っている訳だし。
そんなおバカな顛末だとは、さすがに考えにくい…と来れば。

 「一旦預けた(ってのがよくある話だが。)」

言わずもがななことを、あえて代表してか、
久蔵が口にしたものだから。

 「まあ、そういうところでしょうね。」

サラサラな赤毛の先を
肩口のパフスリープへかぶせるほど小首を傾げつつ、
ひなげしさんが さもありなんというお言葉を返す。
いくら、純金や現金と違ってアシがつきやすいとはいえ、

 「つきやすいんですか?」
 「ええ。
  ここまで大きいなら特長があり過ぎますから手配されやすいし、
  被害届けが出てなくたって、
  そっちの業界の人なら、恐らくは一発で出どころまで判るもんです。」

余計なことほど詳しい平八が言う通り、
派手すぎてアシがつきやすいので、
持ってても換金出来ない、つまりはただの石同然。
とはいえ、

 「だったらその辺へ。」

そう、夕焼けのばっきゃろーっとわざわざ叫ばんでもいいが、
そこいらのお堀にでもぶっ込めばいいのに。
それをしないで こんなところへ預けたその心は。

 「…すぐにも取り戻しに来るかもってことでしょか?」
 「ぴんぽーん。」

平八が口にしたのがやや投げやりなチャイムだったのは、
嬉しくない大当たりだったから。
でもでも それが順当な推理でもある。
となれば、
そんなブツを勝手に預けられた彼女らが憂うべきは、

 「他のお嬢さんたち、無事かしら。」
 「微妙に衣装は変えてあったから、
  どれが誰って見分けは結構ついたと思うけど。」

  おいおい、そっちかい。(苦笑)

つか、向こうの子らは控室に一斉に戻ってるし、
そこで籠も全部回収すればいいから。
そだね、
籠へ手を入れてる子がいないかどうかまで、注意して見守ってたなら、
もうそこで一時預かりって役目は
知らないうちに終えてるお嬢さんたちだ、
怪しまれないためにも余計なことはせず、こそりと去るところでしょうね。

 で、現状はといえば、
 綺麗だが物騒なブツは此処にあるのだからして…。

 「女子更衣室や会場が荒らされる恐れはなし、だね。」
 「うんっ。」
 「……。(頷)」

大きく深く頷き合い、
だったらいいかと安堵している恐ろしさ。
ここまでの ああだこうだで、そうという結論を弾き出しといて、
か弱い女子高生たちが、どうして安堵出来るものなのか。
ツッコミどころ満載の
こういう方向へ思考や心配が回るのを何とかしなさいと、
常々言われておいでじゃあなかったか。
普通の女子高生ならば、
自分たちで何とかしようなどとは考え込まず、
どうしよどうしよと青ざめつつ、
とりあえず警察かホテルの責任者へ連絡だ…となるのにね。


  そして

  そんな彼女らが向かい合ってのこしょこしょと
  相談にふけっておいでだったエレベーターホールへ、
  いつの間にか
  一番下階まで到達していたらしいゲージが
  再びこの最上階まで戻って来ていたらしく。

   ち〜ん、と

  素っ気ないほどの軽やかさでチャイムを鳴らして、
  自動ドアが左右へ大きく開いたその陰に、
  ちかり、不気味に光った怪しい何かが……




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 ● そんな場合じゃありませんが、おまけを一席 ●


 「でもですよ? Morlin.さん」

  はい?

 「ツッコミどころ満載とか、
  まずは通報みたいなお言いようをなさってましたが。」

  はい。

 「よく判らないものを
  バスケットへ放り込まれたようなんですと、
  警察に知らせても、
  例えば 電話での通報では何の冗談だと問われかねません。」

  う……。

 「言いたかありませんが、
  指名手配されて逃亡中だった人が自首したのを
  “悪い冗談は”とばかり、
  応対した職員が受け付けなかった例があった警視庁ですしねぇ。
  明らかに子供の声でそんなこと言ったって
  職員や刑事さんには信じてもらえるかどうか。」

  で、でも、島田警部補なら

 「アタシからのメールを見さえしない人ですよ?
  もしかせずとも携帯自体、デスクへ放りっぱなしかもしれない。
  もしかしていまだに固定電話優先主義者なのかもしれません。」

  いやいや、そこまでは言い過ぎでは

 「………よしんば、
  電話に出て下さって、
  こちらの言うこと信じてくれたとしてもですよ?」

 「シチさん、そこまで自暴自棄にならない。」

 「いやあのえっと、ですから…。///////」

  あい判ったと事情が通じたとしても。
  警視庁や出先から此処までを、瞬間移動出来る訳でなし。
  儂が駆けつけるまで身を隠していなさいとか、
  支配人に言って匿ってもらいなさいとなる…とか仰有りたいのでは?

 「…そ、そうです。」

 「その間に何物かが迫って来たらば、
  そこはやはり打って出なけりゃあなりません。」
 「……。(頷、頷)」

  ……つくづくと前向きでいらっしゃること。
  座右の銘は“攻撃は最大の防御”なんですね、あなたがた。
  いいえ、佐伯さんは黙ってらっしゃい。
  ゴロさんも“見どころがある”なんて言ってたら
  兵庫さんから真剣本気で恨まれますことよ?

 ほんに 一体 何が起きますことやらで、
 以上、ホテルJ本館最上階バックヤード、
 西リフトホールから お送り致しました。


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